横浜港南支部の概要


  • 所属地区…関東地区(山田雅稔本部長)
  • 管轄地域…横浜市西南部(中区・南区・磯子区・港南区・戸塚区・泉区・栄区)


横浜港南支部の活動方針

極真会館の創成期には、一般青年男子がそのほとんどを占めていましたが、近年では、幼年、少年、女子、壮年の入門者も増えています。

横浜港南支部でも3歳から60代までの幅広い年齢層や女性の道場生が支部内7ヶ所の道場で日々稽古に汗を流しています。

横浜港南支部では、その幅広い層の道場生がそれぞれの目的にかなう稽古をしつつ、創始者 大山倍達総裁が提唱した『極真精神』を実践し、武道空手で心身鍛錬をしながら、目標達成ができる指導を心がけています。

また、道場で学び得たものが道場内だけではなく、日常生活で活かせるものであることに重点を置き、極真空手の修業を通じ物事の本質を見抜く力を養い、礼節を重んじながらも伸び伸びと稽古を出来る道場運営を目指します。
稽古は内容別で様々な曜日・時間帯で行われ、各自がそれぞれの目的・生活時間にあった稽古を選んで無理なく参加出来るようになっています。

また、大会で活躍できる選手の育成にも積極的に取組んでおり、選手会を結成し各道場での試合クラス・強化クラスを実施し、仲間同士が切磋琢磨をしながら精進できる場を多く用意し、選手が自分の個性を活かして力を発揮できる指導を心がけています。

また、勝ちさえすればいいという強さではなく、極真会館の強さの象徴にふさわしい品格ある魅力的な選手の輩出を目指します。

また、支部内の定例行事としては月例の黒帯・茶帯研究会、年4回の昇級昇級審査会(昇段審査会は春・秋の2回)、夏季合宿、春・秋の支部内交流試合(港南チャレンジ)などを開催し、日々の修行への刺激と目標を持てるようにしています。

そして時には志を共にする仲間との交流を深める為の機会として、新年会・忘年会をはじめ各種大会出場選手の壮行会、バーベキュー大会、ボーリング大会、少年クリスマス会などの行事も積極的に企画しています。

松井章圭館長から横浜の地を任された重責を自覚し、極真空手をより多くの人々に理解して頂き、青少年の育成を始めとして地域社会に貢献できる道場を目指し、歩みを止めることなく支部長・指導員一丸となって邁進して行きます。


横浜港南支部の歩み

  • 1995年12月1日
    横浜港南支部開設
    極真空手の創始者大山倍達総裁(1923~1994)の遺志を受け継いだ二代目松井章圭館長新体制のもとで発足。
    最初の道場(横浜道場)が京浜急行黄金町駅前に構える。
  • 1996年9月
    西関東地区(城西)新人戦に初の選手が参戦し、重量級でいきなりの優勝。
    その後横浜港南支部の選手が5大会連続優勝の快挙。
  • 1998年5月
    第1回全日本青少年大会高校生重量級決勝で田中健太郎と洪 太星が同門対決。判定で田中が勝って初代高校全日本王者に。
  • 1998年11月
    徳元秀樹・加藤一博・田中健太郎の3名が昇段。支部開設3年を経て待望の支部生え抜きの黒帯が誕生。
  • 1999年5月
    戸塚・本牧の2道場が開設。
  • 1999年8月
    横浜道場が支部発祥の地である黄金町駅前から現在の阪東橋に移転。
  • 1999年11月
    第7回全世界空手道選手権大会に田中健太郎が史上最年少の日本代表として出場。
  • 2000年6月
    第17回全日本ウエイト制大会、軽重量級で田中健太郎が優勝・重量級で徳元秀樹が準優勝。
  • 2000年10月
    第1回の支部内交流試合「港南チャレンジ2000」を開催。
    初心者が試合経験を積む場が出来上がった。
  • 2000年11月
    国内最高峰の第32回全日本大会で田中健太郎が初のベスト8。
  • 2001年4月
    泉道場開設
  • 2001年5月
    第7回全日本青少年大会 幼年の部で内田一毅が日本一に。
  • 2002年3月
    金沢同好会が金沢道場として正式に発足
  • 2003年2月
    田中健太郎が支部長として独立、川崎中原支部を開設。
  • 2003年11月
    第8回全世界空手道選手権大会に田中健太郎、洪 太星の2名が日本代表として出場。
  • 2004年4月
    第10回全日本青少年大会 小学2年の部で内藤由良が日本一に。
  • 2004年11月
    第36回全日本大会で田中健太郎が優勝、ついに日本最高峰に登りつめる。
  • 2005年8月
    「一撃」に洪太星が参戦、デビュー戦KO勝利。
  • 2005年12月
    支部開設10周年記念祝賀会を開催